夜間飛行

丸をください

敢行!着物通学

着物が好きで、何着か持っている。(いずれもポリエステルの洗濯機にぶち込んで丸洗いできるやつだ。世の中には絹じゃない着物をバカにする人もおられるようだが、わたしは洋服だってシルクのものは持ってないし、ちゃんと管理できる自信もないのでポリ一択だ。この前も大事にしまっておいた塩瀬の帯にうっすらカビっぽいシミを見つけてしまった。アンティークものは既製品のLでさえ裄が足りなくてつんつるてんなので着られない)

 

しかしながら着ていく場所もないのである。わたしの生活は学校とバイト先と家を行き来するだけだ。増えていく着物が自室のタンスに詰め込まれている。最近はクリーニングから帰ってきた振袖に収納スペースを奪われ、絨毯の上に積まれている。いくらポリエステルといえど不憫である。話がそれるがわたしの振袖はめちゃめちゃ可愛い。紫色の地に丸く翼を広げた鶴や梅や竹がでかでかと描かれている、渋いけどド派手な着物。合わせる帯は黄緑色に矢羽根の模様(帯で矢羽根柄はちょっと珍しい。せっかくの矢羽根柄なので立て矢に結んでもらった。まるでお武家さんだ)。親類縁者友人知人の結婚式にはこれを着たいのだが、誰も結婚する兆しが無い。

 

というわけで学校に来ていくことにした。折からの暑さから信じられないくらい急に寒くなった。おかげでお腹周りをぐるぐる巻きにしても暑くならない。この気温をずっと待っていた。満員電車での機動性、靴との親和性など動きやすさを考慮して袴を合わせる。袴は卒業式のユニフォームみたいになっているが、もともとは女学生の通学着なのだし、着物を最も美しくモダンに進化させたものであると解釈しているので、みんなどんどん着るべきだと思う。かわいくて動きやすくておはしょりも裾も帯結びも気にしなくてよい。着ない理由がない。浴衣さえ自力で着ることができれば誰でも着こなせる。どんどん着よう。

 

犬の散歩をし、学校まで電車で一時間かかり、さらに一限スタート、おまけに雨のせいで駅まで30分歩くというこの上なくコンディションの悪い日だが、一度やると決めたら後には引けないので着物通学敢行。動きやすさ重視と裄の短さを隠すためにブラウスを着る。着付けは15分くらいで出来た。通学に使う路線は超満員電車なので、着物だろうと何だろうと容赦なく押され、つぶされる。袂にしまったスマホが取り出せないので何が入っているか分かってない、アップルミュージックが今年よく聞いているらしい曲を勝手にまとめてくれるプレイリストが鳴り続ける。確か「LOVEずっきゅん」「恋とマシンガン」「フロントメモリー」あたりが入っていた気がする。あとなぜか「麦畑」。なんで?

 

麦畑

麦畑

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同じ満員電車ならオジサンたちに押されるよりOLと女子高生に押されたほうがマシだという信念から女性専用車に乗っている。この前インターンで急いでいるときに一番混んでる車両に乗ったら普通~に痴漢にあった。今度会ったら必ず仕留めて息の根を止めてやるから楽しみに待っていなさい。この時インターンなんでものすごく地味で善良・無害なOLの格好をしていたので狙われたんだと思う。おとなしそうに見える服を着ていただけでこのざまである。この社会絶対におかしいだろ。

 

夜は夜でミニ丈のチャイナワンピを着てキラキラに武装して電車に乗ったら何度目線をスマホから上げてもこちらを見ている人がいる。自意識過剰だと言いたければ言いなさい。乗り換え駅を悟られたら嫌なので全力で逃げた。一体何を着ればいいんだ。もじもじ君みたいな全身タイツとかどうだ。多分着物女に痴漢する奴はいないだろうが、いかんせん目立つのでそこらへんは気を付けたい。もっと寒くなったら黒いコートを着てカモフラージュできそうだ。

 

話が痴漢への怒りになってしまったが、道中袴の紐がゆるんだり折り返してある襟がめくれたりのアクシデントが発生しながらも無事学校に到着。朝いちばんに会った友達にはかなり驚かれた。事前に「トンチキ服着てるから!」と友達には言っておいたが、どうやら彼女の想像の上をいっていたらしい。それでも皆わたしに寛容で優しい。「着物がひとりいるとパーティーの強さが違う気がする」(うちらはダンジョンと違うんよ)「もとからこれな気がしてきた」などと言ってくれた。他人のふりをされても仕方ねぇと思っていたのでありがたいかぎりである。(何を言っても無駄だと思われている可能性もある。かなり)

 

割と楽しかったのでまたやろうかと思っている。今回は日和って地味な配色の着物に黒い袴を選んだが、のちには派手な色柄を着たい。ある友達が「ハワイでは太ったおばちゃんが堂々とビキニを着てる!もっとみんな好きな服を着るべき!」と言っているのだが、その理論に納得するのは容易でも実行するのはなかなかハードルが高い。今回「ハワイのおばちゃんがビキニ着てるんだから東京の女子大生が民族衣装着てもいいだろう」と開き直ったが内心かなりどきどきだった。ぜひみんなも好きな服を着て、学校に行きましょう。東京の人間は寛容かつ暖かく無関心なので、きっと大丈夫です。