夜間飛行

丸をください

妖怪ケバブ娘

ごきげんようございます。新学期が始まって、キャンパスがどえらい混雑です。しばらくするとこの大混雑は落ち着くのですが、逆にこんなにいる人たちはどこに行っちゃうのでしょうか?混んでいるせいで、2限終わるのが遅れがちなわたしは、学食のラーメンにありつけません。許せません。道をあけなさい。

 

先日、大学でご飯を食べようとして、でも、この混雑の中列に並ぶのも面倒で、新宿まで出て、孤独のグルメと相成りました。ひとりです。4年生にもなると、大体みんな単位は取り終えていて、個人のお好みでぽつぽつ授業をいれるので、よっぽど執念深く履修を擦り合わせないと、友達と同じ授業にはなりません。なのでひとりでランチを食べます。個人的に、新宿のおすすめランチはロールキャベツのアカシア、ロシア料理のマトリョーシカ(スンガリーはちょっと高いからね)、ラーメンなら鶏そばみた葉です。

 

新一年生は、ぱっと見ですぐわかります。女の子は、新品ぴかぴかのブランドのトートバッグに、「想像上のキラキラ女子大生」風の、ゾゾタウンの安い店かGRLで買ったんだろうな、といった、無難にかわいいプチプラ服。なんで分かるかって?来た道だからだね。男の子は5人とかそれ以上の、巨大な群れ。多分1年後には瓦解してるやつ。大学来て学んだことはいくつかありますが、そのひとつに「男の友情は安い居酒屋のレモンサワーよりも薄い」、というのがあります。「あの人たちは、自分の弱さを開示できない、ひろゆきとかマンガとかネットミームでしか会話を成立させられない」と賢明な友人は分析しています。

 

そんな、一年生たちに、わたしが入学したときは、一年丸ごとオンラインだったのに、と老害ちっくな気持ちを抱きつつ、歌舞伎町を目指します。この日のお目当てはケバブサンドです。西武新宿駅沿いの道、歌舞伎町のはじっこに、24時間営業で陽気なトルコ系のお兄さんたちがケバブを焼いています。このご時世にも関わらずお値段は350円。いまどき350円でっせ、奥さん。コンビニだと、冷やしたぬきうどんすら買えない額です。ソースの辛さも選べて、すぐ作ってくれます。味もまずまずおいしい。正直学食の唐揚げ定食とか食べてる場合じゃないです。

 

せっかく晴れているので、どこか屋外で食べようと歌舞伎町の内部へ向かいます。ケバブ屋さんの道を折れて歌舞伎町に入ると、すぐにハイジアがあります。ちょうど、歌舞伎町1丁目と2丁目の境目のあたりの通りです。歌舞伎町の散歩を始めて早3年目、勝手知ったる道です。大学生活の1割くらいの青春がここにあります。夜職でもホス狂でもトー横キッズでもないわたしは、この町において貼られるべきラベルがありません。透明な存在なのです。そのほどよい外野感の居心地のよさにひかれて、この町を浮遊しています。

 

晴れている、平日の昼間の2丁目は、ちょっと鄙びているように見えます。長閑。人はそれなりにいるけど、にぎやかな1丁目よりもずっと静か。ひとくくりに「歌舞伎町」と言っても、1丁目と2丁目では全く雰囲気が違います。ケバブの入ったビニール袋を提げて、少々お散歩。久しぶりです。

 

平日の昼間だというのに、地雷系の服装に身を包んだ、わたしとあまり歳の違わなそうなグループが近くでたむろしています。そのうちの一人、遠目から見るにかなり顔の良さそうな子が、おっさんと相携えてどこかへ消えてしまいました。一体どんな集団なんでしょうか。というか地雷系の、髪の毛の一部分がピンクになってて、ピアスがバチバチにあいてる子たちって、歌舞伎町にいないときは何をしているのでしょうか?その髪色だと、結構バイト先も限られてこない?コンカフェとかガルバとかしてるのかな?あと、近くを通った時、ものすごく凝視された。なぜ?

 

大久保公園の隅に立って、ケバブを賞味します。ほんとは公園内のベンチに座りたかったのですが、汚れが目立ちやすい服でしたし、先客のおじいちゃんたちがいましたし、公園内は喫煙所からの煙がきつそうだったのでやめました。

 

穏やかな昼下がりです。晴れていて日差しが暖かく、近くで働いている人たちが公園の喫煙所で談笑している声がします。日本語学校の窓が開いていて、人がいるのが見えます。地面に座り込んで独り言を話すおばあちゃん。どこで鳴っているのかわからないブザー、カップル、とにかく、平穏ないつもの歌舞伎町。ケバブは、お肉がぱさついています。ひたすら肉だけ出てくる部分と、味気ないキャベツのみの部分がはっきり分かれています。でも350円なので全然許容範囲。貧民の栄養食です。安いのに肉(しかも脂身がない)のたんぱく質と野菜が摂れて、わりに低カロリー。全然許しちゃう。

 

お肉を地面に落っことさないように注意深く食べていると、おっさんが現れました。なんかおっさんがこっちに来た!!!と思ったらですね、何を言い出すのかと思ったら、「待ち合わせ?かわいいから10出すよ」と来ました。ケバブを食べているだけなのに、まさかの援交を持ちかけられてしまったのです、ハイ。

 

内臓脂肪の多そうな、パーカー着た普通のおっさんです。メガネはかけていませんでした。小太り。わたしそういうのやってないから、と言って帰ってもらいました。ここに来るおっさんにひとかけらも敬意を払う必要はないので、余裕でタメ口をききます。じゃあお前はなんでそこにいるんだよ、という疑念のまなざしをわたしに向けながらおっさん、退場。おっさんの疑念もごもっともです。おっさんからしたら、絶対援やってる子に見える。でも、援の子は、ケバブにかぶりつきながら客を待ったりは、しないと思うの。

 

おっさんに帰ってもらったあと、また別のおっさんが来ました。この人はさっきの人よりも小汚い感じ。やはり小太り。なんでどいつもこいつも小太り。もちろん退場願う。というか、わたしのほうが場違いで、おっさんの誤解を招く存在なので自分が退場。のこりは交番の横で食べました。さすがに交番のすぐ近くで声かけてくる勇者はいないだろう。我ながら賢い選択ですね。

 

ひとりめのおっさんに、かわいいから10、と言われました。そうなのです。この日のわたしはかわいかったのです。もちろん当社比です。真っ白なワンピースにはアイロンがきいていて、春の日差しにまぶしく光っています。横浜で買った、ガラスモザイクの指輪をはめました。これは、ベネチアンガラスでできていて、フィレンツェの職人さんが作ったもの。誰に会うわけでもないのにとっておきのお気に入りカラコンをつけていました。ハニードロップスのライトベージュ。これはベージュと淡いベージュがグラデーションになっています。そして、放射状のレンズデザインが、瞳に硬質の奥行きをもたらすのです。きらきらしたビー玉みたいになる。みつあみにまとめた髪の少女性と、濃い赤い口紅のコケットリーの配合に気を付けています。ジャスミンのオーデコロンをつけました。つまり、そこらの汚い、脳みそが下半身にくっついているようなおっさんには不可侵のかわいさなのです。

 

ハニードロップス ウォーターライト(HONEY DROPS Water Light)|度あり・度なしカラコン ワンデー|14.2mm|兎遊たお (hotellovers.jp)

 

気になって調べてみたのですが、S着2、NS3、NN5というのが大体の相場らしいです。そこから女の子の年齢、容姿、諸々の条件で変動する、らしいです。嫌な世界ですね。今回おっさんに提示された額、10は条件によりますが相場の2~3倍のようです。わたしは知っています。世の中で売られているすべてのものは、相場と離れた額で売られているとき、高い理由・安い理由が必ずあるのです。場末のスーパーで大量に積まれたお菓子が安売りされているのは、おいしくなくてよそのお店で売れ残ったのが、賞味期限近くになって流れてきたから。同じ条件の物件よりもぐっと安い部屋は、告知事項があるから。

 

相場よりずっと高い金額で買われたら、何されるのかわかったもんじゃありません。おっさんはかわいいからといい、実際その日のわたしは当社比でかわいいのですが、ぜったい裏があるはずです。おっさんに殺されるのはごめんです。大島てるを見ると、歌舞伎町は炎のマークだらけです。密室でたくさん人が死んでます。援助交際、普通にリスク高すぎでは?

 

実は歌舞伎町を歩いて3年、いろいろ面白い事案がありましたが、援助交際(というと聞こえは柔らかいけど、それって売春では?)を持ちかけられるのは初めてです。大変エキサイティングなエクスペリエンスです。そういう子たち集まるハイジア(大久保公園のお向かいさんの施設)に立ってケバブを食べていた夜もありましたが、声をかけられたことはありませんでした。地雷ちゃんではない、ただの外野なのでね。

 

ハイジアや大久保公園に立って客を捕まえる女性のことを、ハイジア嬢だとか交縁嬢ということは知っていました。でも、わたしは外野。よそ者。飲み会帰りの、あるいは新大久保に来ていた大学生がうっかり迷い込んじゃった、そんな立ち位置。歌舞伎町に生きる人間ではない、という認識だったので、自分が内野だと認知されたエクスペリエンスは、非常にエキサイティングでございました。

 

このおじさんのお金はどこから来ているのでしょう。まさか日本銀行も、こんなところでこんな風に使われるために日本銀行券を発行した覚えはないはずです。平日の昼間からこんなところで、若い女の子に声をかけているおっさん、どう考えてもまともではありません。そんなおっさんが持っているお金も、まともそうではありません。そもそもそんなお金持ってないのかもしれません。

 

大体、わたしはエベレスト級にプライドの高い、少なくとも自己肯定感は高くありたい、と思っている人間なので、人の身体に値段をつける、しかも、かなり一方的に、強引に値段をつけるという行為の傲慢さが我慢なりません。本来人間は自由で、タダなのです。タダであり乍ら、プライスレスなのです。たとえ金欠だろうが相場の2倍3倍の値段だろうが、10は、そのプライドを捨て、拝金主義に走るにはちっぽけすぎる額、はした金です。

 

少女趣味を魂に刻み付けて生きる人間は、こんな傲慢さには屈してはいけません。特別にキュートに、プリティーに生きたい人間は、演劇的な服をまとい舞台メイクのような化粧を施して、いつも気高く一人で立っていなければなりません。たとえおっさんについていけば、お洋服の分割払いが完済できたとしても、欲しいものがぜんぶ買えたとしても、数か月分の年金の支払いができてもダメです。汗水たらして、あるいは人に頭を下げて働いたお金で、ローンを返す、買い物をする、年金を払う。これが誇り高き乙女の魂を持つ、現実を生きる者のやり方です。乙女が売り物にするのは、時間と労力のみ。

 

靖子ちゃんは、「特別に強い乙女心は汚れるほど美しい」と歌っています。これは聞き手の解釈次第ですが、この汚れとは、大人になりなよ、とか普通にしてたらモテるのに、みたいな雑音、理不尽であり、それに迷いながらもまっすぐに生きることが美しい、みたいな意味だと考えています。決して汚れ=おっさんからお金をもらうことではないと思うのです。もちろん解釈次第なので、全然おっさんからお金を取る日々だけど、だけど心の奥の奥の乙女心は失われない、という解釈もアリ、というかこっちのほうが正しいのかもしれません。

 

「私たちは買われた」という女性たちと、「自分の意志で売ったんだろ、被害者面すんなよ」の批判の応酬ををたまにネットで見ます。どっちの言いたいこともわかります。本来タダの身体を売る、そこに値段がつけられて買う人がいる、自分だけのものであるはずの身体が自分の自由にはならない、というところに、事務とか営業とか接客とかとは違う、「尊厳の削られる」感が生まれるのでしょうか。

 

売春は最古の職業である、なんてどや顔で言ってるやつもいますが、人類は一体何年文明やってると思っているのでしょう。人類は愚かで、全然進歩していないようです。歌舞伎町だって、こぎれいな東急のビルが出来ようと、トー横からキッズが追い出されようと、SODランドが潰れようと、結局はやくざ屋さんの事務所がいくつもあって、痴女みたいな恰好をしたガルバの客引きの女の子がいて、交縁嬢がおっさん相手に売春して、まるまる太ったネズミが駆け回る、汚い街からは進歩しないのです。どうしようもないです。そもそもただお昼ごはん食べているだけなのですが、おっさんとのやりとりからそんなことを考えました。

 

さて、来週から、どこでランチを食べればいいのでしょうか。