夜間飛行

丸をください

♡愛のある生活♡

岡崎京子の「pink」に、ハルヲが朝、目覚めたら居候をはじめたユミが朝ごはんを作っていて、それを食べたあとユミに見送ってもらう、というシーンがある。ハルヲは家を出て大学に向かいながら、「愛のある生活してるみたいじゃん」とひとりごちる。

 

春休みのわたしは最近ものすごくひまで、家族は会社員の父親と受験生の妹と転職活動中の母親とトイプードルで、みんな忙しそう。なので週の何日かは自分が晩ごはんを作っている。

 

4時になったら洗濯物を取り込んで、トイプードルと散歩に、近くの公園に行く。菜の花がたくさん咲いていて、暖かくて、ずいぶん日も伸びて、こんなに穏やかな気持ちで春を迎えられたことに、少し驚く。いままでわたしを追い立て、追い詰め、苦しめ、疲れさせてきた諸々から離れた暮らしは穏やかだ。

 

穏やかな代わりに、刺激もないので、早晩ボケがきそう。あまりに穏やかすぎて、生きている感じがしない。でも、この生活を続けたら、生きている感じ=心臓に悪いくらいのドキドキだと思っている、悪癖が治りそうだ。

 

散歩から帰ってくると、お米を研いで、買い物に行く。大体、「なんとなくこれが食べたい」と思うものがあって、自分の独断でメニューを決める。ある時はすね肉を1時間根気よく煮込んだビーフシチュー(ブーケガルニと赤ワインもちゃんと入れる)、ある時はトマトとアボカドとモッツァレラチーズの冷製パスタと鯛のカルパッチョ、あるいは大戸屋の「かあさん煮」のパクリごはん、といろいろ作っている。ちょっと前までのりんごの皮がきれいに剥けなくて、彫刻の削りかすのようなものを生み出していたわたしはもういない。

 

買い物から帰ってくると、ちょうどいい具合にお米が水を吸っているので炊飯開始。料理を作りながら家族の帰りを待つ。ごはんが炊ける頃にみんな帰ってきて、おかずも出来上がってくる。トイプードルにもご飯をあげる。このトイプードルはグルメなトイプードルで、ドックフードだけでは食べてくれない。なのでゆでたブロッコリーや鶏肉を入れてあげる。

 

帰ってきた母親は、「仕事から帰ってきたときに、家にご飯を作っている人がいるのは、いいね」と言う。そういう話を聞きながら、専業主婦も悪くないな、と思う。キャリア志向の人からは下に見られがちな専業主婦だが、確実に家に温かみを齎している存在。

 

先述のハルヲくんは、一人暮らしのボロアパートに闖入してきたユミのご飯に「愛のある生活」を感じている。みんなが帰ってくる前に、温かい出来立ての食事を準備することに、わたしは愛の所在を見出し始めている。

 

アイロンがけや凝った料理やお菓子を作るのが好きなので、わたしは多少なりとも専業主婦の適性がありそうだ。理不尽な客や責任を負うことが嫌いなので、ますます適職な気がする。

 

しかしながら、専業主婦への適性以外のわたしのすべてが、専業主婦、ひいては結婚生活に向いていないのではないか。

 

第一、わたしは男の人の愛情とお財布より、自分のほうがまだ信用できると思っている。自分もそこまで信頼に足る存在ではないのだが、自分のことは自分が責任もって動かすことができる。そして、他人はどう動くのかわからない。

 

「この人に一生付いていくわ♡」と結婚するところまでは、よい。でも、頼りの旦那に不倫されたり、DVされたりしたらどうするのか。離婚して、スキルも経験もないまま、社会に放り出されるのは嫌だ。だからといって、不倫を見ないふりしたり、暴力に甘んじて生活を維持するのも無理だ。

 

誰だって「自分たちは大丈夫♡」と結婚するのだ。はじめから離婚前提で結婚する人はそうそういないのではないか。それでも日本は三組に一組が離婚するとかしないとか。そんな世の中だったら、絶対に自分の食べる分は自分で稼ぐしかない。夫婦といえど、しょせんただの他人。他人をあてにしては、いけない。わたしは自分の稼ぎで絶対猫足バスタブのある家に住むし、ロッキンホースバレリーナを買うし、オールドイングリッシュシープドッグと暮らします。

 

そして、自分が好きなタイプの人と一緒に住むと、確実に生活が破綻する。一緒にいるとこっちまで痛い目みそうな、めちゃくちゃな生き方をしているカオスな人間が好きである。そしてこういう人とは絶対に結婚したくない。これは人生の最小行動単位が一人であるからこそ、一緒にいて面白いのであって、絶対にニコイチ、運命共同体にはなりたくない。

 

あぁ、わたしは温かいごはんという形の愛を、誰にどう向けていけばよいのでしょう。うちの可愛いトイプードルでしょうか、家族でしょうか、自分自身でしょうか。自分のためだけに、ビーフシチューを煮込める、そんな大人になれるでしょうか。