夜間飛行

丸をください

自由の買い方

 

 気が付けば、自立することだけを考えていた。

 

私は不動産屋さんでバイトしているから実家住まい大学生にしては賃貸物件関係はちょっと詳しい(お客さんのお部屋探ししたり間取り図書いたりしてる)。はっきり言って閑職なので勝手に物件情報を見ながら夢想している。ちなみに物件情報はどこの不動産屋で見ても一緒(使ってるデータベースが共通)だから何軒も回っても得られる結果は同じだよ。店員のセンスとかで違いはあるかもだけどどこのお店に仲介手数料が入るかどうかの違い。ネットで探した方がいいよ。D-roomは保証人不要だし設備いいよ。臆病な彼氏とメキシコ一人旅の豪胆な彼女のCMやってるよね。

 

話が逸れた。神楽坂に住みたい、中野もいいな、でも都内は高いから川越でもいいかも。みたいな他愛もない想像で「社会人になった私の住まい」を夢見る。こんな女に時給千円払っていいのか、弊社。そろそろ1200円に上がるらしいが。とにかく、私は早く親元を離れたい。そして都内で一人暮らしをしたい。神楽坂に住むにはお金がかかる。一人住まいで、小綺麗なところに住もうとするなら10万は見たほうがいいだろう。だいたい、家賃は収入の三分の一に収めましょう、というのが通説だから30万は越せるくらいの月収が必要。貯金もしたいし旅行も行きたい。どれだけ狭くてもいいから小綺麗なところに住むのが理想なのでそこそこ稼げる女にならないといけない。

 

10万の部屋に住むのは簡単じゃない。さっさといい会社に就職して自分のことは自分で始末をつけられる人間になりたい。東京の家賃の高さを知っている社員さんは県内に住むか、できるなら実家に居なさい、という。でも私は自由が欲しいし、都会が好きなので家賃が高くても東京に出るつもり。田舎者の街の灯りへの執着とは恐ろしいものだ。蛾か。骨の髄までしみ込んだ都会への羨望。そして私の家にわたしの自由は無いからせいぜいお金で買わないといけない。世の中お金で解決できる問題は沢山ある。「神楽坂でそこそこの暮らしを営める20代OL」になることが私の当座の行動目標だ。

 

 本当にどうしようも無い話だけど自分の物理的・心理的両面に土足で踏み込んでくる家族を最近無理だなって思い始めた。自分の部屋はあっても中で妹の部屋と繋がっているから(姑の意向に逆らえなかった二世帯住宅感)事実上の妹と同室。余裕で親がドアを開けて入ってくるし、妹側のドアを開けられたらどうしようもない。プライバシーの概念がないから箪笥を勝手に開ける。エアコンがない代わりに収納が大きい部屋をもらったものに家族全員の布団が詰まっている。妹の部屋からエアコンの冷気はあまり来ない。前に友達とzoomしてたら急に入ってきて、「誰その人?おじさん?」って言ってくるし友達はおじさんじゃない。授業受けてても普通に入ってくる。夜に布団に転がりながら電話、なんて夢のまた夢で玄関とか洗濯機の横で電話してる。「自力で帰ってこれる時間」が門限だけど10時までに帰ってこないと電話がかかってくる。彼氏や友達にもらった大切な贈り物にケチをつけるな私と妹を比べるな文句があればそういってくれ私は察せない貴方が嫌う人やモノや音楽や小説は私がそれはそれは大切にしているものなのに。少女椿夢野久作東京事変シャンソン姫カットと濃い色の口紅と甘い匂いの香水とワンピースを偏愛する私と趣味が合わないことは目に見えている。

 

見せかけの愛情なんていらない。結局は私は自慢の材料に過ぎない。上智に受かったときの得意げな顔で親類知人に報告した時といったら!受験生当人たちが進路に関する話はデリケートに扱っているのに大声で高笑いする卒業式!私はあなたの分身ではないんだよ、若干18歳自我をもって毎日生きている別個の人間よ。高校に落ちた時も私の心配よりも私だけ落ちたこととか周りのお母さんに同情されて辛かった、どうしてくれる!とか自分の面子とか体裁ばっかり気にしてたよね。「あの人たちに負けて悔しくないの?次は負けないようになさい!」って高校時代三年間言われてきたけどそんなこと本人はまったく望んでいないのである。私がよその子のママに高校落ちたことで馬鹿にされてもどうにもならなかったように他人の大学を笑ったってどうにもならないのに。

 
いや、前々から無理だとは思ってはいたんだけど、大学に入って周りを見渡した時、自分がいかに閉じ込められているのか、親の意向を聞き入れているのかに気が付いてしまった。他の人たちはこんなに自由なのに、闊達なのに私だけ箱入り娘で何も知らなくて狭い世界で生きている。何をするにも親の意見を聞いてしまう自分が嫌いだ。
 
 
でも私大に通わせてもらってる身だから親の言うことはそれなりに聞かないといけない。情けない。受験料50万円も返さなきゃいけない。小さなことだけど積み重なって辛くなることが多すぎる。今も些細なことで喧嘩して、庇ってくれる人はいなくて、家族鬱に片足突っ込んでいる。ただでさえオンライン授業のせいで家にいてばかりなので家族と顔を合わせてばかりなのだ。サークルのために週一で東京に行っているが、そこでようやく深呼吸できる。人波に紛れて誰でもない中のひとりになれる気楽さが好き。たくさんの人が歩いている中で私は自由に歩けて、顔が付いているようでついていない孤独を享受できる。賑やかなはずなのに感じるのは静寂。静謐な新宿東口。家に居れば家族が揃っていて、決して孤独ではないはずなのに孤立している気がする。疎外感。私を悪く言う時は家族は一致団結している。寂しい。
 
よその家のことは知らないから何とも言えないが多分毒親ではないだろう。ただ折り合いが悪くなってきただけ。世の中いろんなおうちがあるだろうが、人それぞれの幸福があるように不幸もそれぞれだから恵まれて見える人が幸せだとは限らない。黙っていれば誰も内側は分からない。あまり自分を可哀そうがりたくないからというのもある。こんな愚痴ばっかり書き連ねているわけだから哀れみとか失笑を買いそうだが。
 
あ、でもこの前私がまだ風呂に入ってないの知っててお湯全部抜かれて綺麗に掃除されてたのは傷ついた。その時生理痛が酷くて、お湯につかって体を温めたかったのに。ちょうど涼しくなってきたころで、薄くて手足を覆ってくれないパジャマとタオルケットにくるまって痛みと寒さに耐えたのは言うまでもない。
 
こんなどうでもいいことで家庭が嫌いになる自分も大概馬鹿だ。こんなんで10万の部屋に住める大人になれるのか。やってみないと分からないがゆっくり湯船につかりたい。自分だけの相互不干渉の城。さっき言った通りいま些細なことでもめているのだが、これは中身がどうしても歯向かわないといけないような重要なものだから、というわけではなく、このままずっと親に従順でいることへの焦りとか疑問とかが一気に噴出してしまった結果なのである。
 
 
だから私は自由を買う。