夜間飛行

丸をください

読書感想文「きもの」

ネタ切れと掛け持ちで始めたバイトのせいで疲れてしまって、長らくブログを更新できなかった。こういうのは一度さぼるとさぼり癖が付いてしまって危険。

 

幸田文先生の「きもの」は私の中でかなり上位に食い込むほど好きな小説だ。ちなみに一位は蘭郁二郎先生の「夢鬼」。次点夢野久作先生の「ココナットの実」。夢野久作全般好きです。夢鬼は青空文庫で読めるから暇な方ぜひ読んでね。

 

んで、「きもの」なんだけど、ざっくりいうと四人兄弟(うち三人が女の子)の末っ子のるつ子がお祖母さんや友達や姉妹、父母とのかかわりを通して着るものについての見方を深めていく、っていうのが物語の大筋。るつ子の幼少期から結婚までが描かれていて、未完のまま。

 

るつ子たち三姉妹はそれぞれ着物への執着心や着物の好みが全く違う。長女は優美で贅沢なもの、次女のみつ子はぼってりと派手な柄行、三女るつ子はすっきりした柄で着心地のいいもの。なぜか長女は名前が明かされていない。今も昔も姉妹でおさがりを着たりすることはよくある。るつ子は三女なのでおさがりを着せられる。小学校の卒業式もみつ子の牡丹柄の着物をあてがわれた。これはるつ子曰く着心地が悪い。るつ子はみつ子に「これは良く映える」みたいなことを言われ、派手さよりも快適さを選んで普段着で式にでる。のちにるつ子はみつ子のおさがりの横段の着物を気に入ったものの、横段は体のラインが分かりやすいために変質者の被害に遭うなどみつ子の着物とは折り合いが悪い。(お祖母さん曰くみつ子が横段を着ると「樽」になるらしい)

 

上の姉二人は着物への執着心が強く描かれている。主人公るつ子との対比が激しい。もはやるつ子を良く見せるための戦略ではないかと思う。特に長女は酷い。一人目の娘で美しい長女は母から甘やかされ沢山の着物を持っている。華族に憧れる長女はるつ子の友達(華族)のゆう子の親族の青年と親に内緒で出かける。その着付け係としてるつ子をこき使うのである。次女のみつ子はるつ子のためにと母が用意した反物を無理に見ようとしたり、るつ子が明らかに不利になる取引をしようとする。

 

二人の姉の性格は結婚後印象的なものになる。

長女の性格は開業医と結婚してからますます強烈になる。立派な嫁入り道具を揃え、結婚後も母の病気のためにとあたかも贈与のようにいって寄こした立派なシーツに見返りを求めたり親の前でだらしなく座ったりと長女はどんどん残念な感じになってしまう。次女みつ子は横浜の商家に「着物はいらない」とお金を持って嫁いだ。母が病気になった際は母のために布団を作るるつ子に布団代の足しにとお金を置いて行った。気位が高いながらも細やかな心を持っていた長女とあまり人の気持ちを考えないみつ子が結婚を経て変わっていったことにるつ子は驚く。

 

さらに関東大震災が発生して二人の姉は変わっていく。

ちょうど出産を迎えた長女は嫁ぎ先の病院で寝ており、見舞いに来たるつ子を周囲にいい顔をするために働かせる。そして震災で着物を焼いてしまった兄や父にと舅の古着を持たせようとする。「父が一度たりともお姉さんに古物を着せたことがあるか、こういう時は手ぬぐい一本でもさっぱりした新品を贈るべきでは」とるつ子は着物を拒否する。(これに腹を立てた姉はるつ子の結婚の際に自身の立派な嫁入り衣装は貸さないと言って寄こした)みつ子は震災に巻き込まれやけどを負ってしまう。髪を短く切って洋装でるつ子の前に現れたみつ子は家族の大切さや家族がいる幸福を語る。

 

もう疲れてきたから姉妹の間柄だけ書いて他は割愛するが、着物一つを中心に女心というものは幾通りにも描けるのである。貧しいながらも自立した強い意志を持つ和子と華族のお嬢さまのゆう子という二人の友人や様々な心意気を伝える祖母、良き理解者である父、折り合いの悪い母、と周囲の人から影響を受けてるつ子は成長する。私はるつ子が祖母や父の影響もあってかさっぱりした性格の持ち主であることを好ましく思っているのだが、物語の一応の結末である結婚の場面が実はあまり好きではない。父の意向に反してあまりるつ子の気象に合わない青年にるつ子が恋をしてしまったのだ。ついこの間まで7人家族であったのに娘を二人嫁に出し、母が亡くなり、さらに祖母と父が愛したるつ子が震災後の混乱の中で親の意に背いた結婚をする一家の寂しさが手に取るように伝わる。新婚旅行先でるつ子が父の愛人そのの心づくしで用意された美しい浴衣を着て新郎保二の妻になる場面も未完だからか「これで終わるのかよ」というあっけなさが読者的に満足できない幕切れとなっている。

 

幸田文きもの帖」という随筆集が出ていることからも幸田文先生が繊細な着物への意識を持っていたことが伺える。るつ子の粋な好みに理解を示した父は実際の幸田文先生の父幸田露伴先生がモデルになっているのではないかと思う。文先生は離婚しているので保二はたぶん元夫がモデル。最近読んでいなかったのでまた読み直してみようかと思う。ヘッタクソな駄文でこの小説の良さが全然伝わらなくて申し訳ないのだがほんとに面白いので気になった方はぜひ読んでみて下さい。さいなら。